コロナ禍で全国の観光地から人波が消えた。『癒しの里』由布院盆地にも重苦しさが漂う。
僕が東京から由布院に戻ってきた六十年近く前のように、静かで、歩いている人がほとんどいない。当時は「早くいろんな人が来てくれんかな」とはっきりした夢があったけど、今はそこが壊れてしまった。
でも、僕がいつも散歩しているムラの区域は、昔とそんなに変わっていない。
田んぼではおばあちゃんが悠々と代かきをやっている。道端から「こんにちは」と声掛けて、「精が出るなぁ。元気かえー」とあいさつを交わす。
(飛沫対策で)二㍍くらい離れないとしゃべれないような状況でも、そんなやりとりがどれほど人を安心させてくれるか。五十年、六十年経っても地域はある部分で変わらず、『根っこ』はずっと続いている。大変な状況には違いないけれど、「豊かだったな、このムラは」と改めて思いますね。
全国ブランドに発展した由布院温泉はここ数年、外国人客が激増した。
インバウンド(訪日客)を増やそう、受け入れる宿泊施設も増やさないと…。業界も自治体も経済界もそろって「観光立国」を言ってきた。現状を見ると、その流れってちょっと狂ってたかな、と。
「駅前からずらっと観光客がいるぞ」「売上が伸びたぜ」。量的、経済的に増えればいいみたいなことを言い続けてきて、なんか根っこを忘れかけてたと思う。観光客が何人来たとか、量で自慢してもしょうがないですよ。
外出自粛要請により観光業の根幹をなす「人の移動」が止まった。
よそから来た人とムラの人が混ぜこぜになり、違う者たちが一緒に生きるエネルギーがあって、今の由布院がある。われわれだって「よそ者」が入って来てくれなかったら壊滅しますから。要は混ぜこぜをうまい具合にすればいいわけで、地元だ、よそ者だと構えて敵対することもない。
一方で、これをきっかけに歴史的な根っこを見つめ直す動きが強まってくるんじゃないかな。外と結び付こうとする欲求と、仲間意識。「盆地のDNA」のようなものです。
新型コロナウィルスは現代社会の価値観を揺さぶっている。
(コロナ禍は)いつかは終わる。その時、世界の産業も就労も何もかもが大ダメージを受けているだろうけど、これからは異なる人と力を合わせ、いかに間に合わせていくかでしょう。
大事なのは「あまり多くを欲しがらないこと」。地球上の人はお互いが支えたり、支えられたりして生きている。その感覚を僕らが持つことができるか。うまくいくコツはそういうところにあるんじゃないかな。
大分合同新聞 二〇二〇年四月二十四日「コロナ禍に想う」⑴より
「由布院の百年・編集サロン 通信vol.3 古い記録を、新しい記憶へ 2020.6」より